【年間グランドスラム未遂】

1973年にATPランキング制度が導入されてから、グランドスラムの年間制覇は一度も達成されていない。
しかし、それに迫る惜しいものもいくつかあったので取り上げてみよう。

《1974年:コナーズ》
 
全豪:優勝
全仏:出場せず
全英:優勝
全米:優勝
この年、破竹の勢いのコナーズだったが、
全仏からは出場停止を食らっていて、優勝は3大会にとどまることとなった。
その後全仏には1979年から出場し、4度ベスト4に勝ち上がるも優勝はできなかった。
この結果から、一見クレーに弱いかのように思えるが、
実際には全米がクレーで行われていたときにも優勝しており、
ともすれば年間グランドスラムに最も近い選手だったといえるのかもしれない。
【惜しい度】★★★★★


《1977年:ビラス》
 
全豪:準優勝(1月)
全仏:優勝
全英:3回戦敗退
全米:優勝
この年は全仏、全米ともクレーコートだったこともあり、クレー巧者ビラスの大躍進に繋がった。
また、この年は全豪オープンが1月と12月の2回行わるという変則的な年だった。
ビラスの準優勝は1月のもので、12月の大会には出場していない。
このため記録も変則的なものと言えるが、大記録には変わりないので取り上げた。
ビラスは、クレーだけでなくグラスにも強かった。この時まだグラスだった全豪で準優勝しているし、
翌年の1978年とその次の1979年では同じ全豪で連覇を果たしている。
ただ、ウィンブルドンでの結果はそうでもなく、グラスに強かったとはいえ、
勝てたのはコナーズボルグが出場しない大会に限られていたと言えるだろう。
【惜しい度】★★★


《1978年、1980年:ボルグ》
 
全豪:出場せず
全仏:優勝
全英:優勝
全米:準優勝
全仏とウィンブルドンでは圧倒的に強かったボルグ
しかし全米では、4度決勝に進出するも1度も勝てなかった。
全米特有のナイトセッションがボルグに合わなかったのではないかとも言われる。
78年と80年はいずれも全仏、ウィンブルドンで優勝しており、もしもこのまま全米にも勝っていたなら
当時まだ年末に行われていた全豪にも出場し、あわよくば優勝していたかもしれなかった。
出場もしていない大会で勝ったかもなどと言うのは、いわゆる「たられば」の話で、
勝負の世界では厳禁のように言われるのだが、
ボルグならばあるいは、と思わされてしまうのもまた事実なのだ。
【惜しい度】★★★★


《1984年:マッケンロー》
 
全豪:出場せず
全仏:準優勝
全英:優勝
全米:優勝
この年はマッケンローが唯一全仏で決勝に進出した年だ。
彼が全仏で優勝するなら、この時を置いてなかったと言えるわけだが、
当時のマッケンローは無敵で、実はごく寸前まで行っていたのだ。
決勝ではレンドルを相手に2セットを先取し、勝利まであと一歩だった。
また、この直前に行われたクレーコートの大会でもやはりレンドルと対戦していて、
そのときは寄せ付けずに大勝していたのである。
【惜しい度】★★★★


《(1986年)1987年:レンドル》
 
全豪:ベスト4
全仏:優勝
全英:準優勝
全米:優勝
1987年のレンドルは全てのグランドスラムでベスト4に進出した。
1973年以降初めてのことで、2005年のフェデラーまで再現されることのなかった記録だ。
また、この前年の1986年は全豪が年末から年始に日程変更された谷間の年であり開催されなかった。
つまり、グランドスラムは年3大会しか行われなかったわけだが、
レンドルは、その3大会全てで87年と同じ結果を残しており、
変則とはいえ73年以降、年間全てのグランドスラムで決勝に進出した最初の例となっている。
因みにその前年の全米から、グランドスラム10大会連続準決勝進出を果たしており、
2006年にフェデラーが到達するまで唯一の記録であり続けた。
常に安定して勝つというレンドルの面目躍如たる記録だろう。
【惜しい度】★★★★★


《1988年:ビランデル》
 
全豪:優勝
全仏:優勝
全英:ベスト8
全米:優勝
1974年コナーズ以来の年間3勝。
達成したのがレンドルではなくビランデルというのも衝撃だった。
ウィンブルドンはベスト8だったが、彼のウィンブルドンの最高成績がベスト8なので
この年は正にビランデルにとってのベストイヤーだったと言えるだろう。
ランキングも全米後に念願の第1位になっている。
しかし、グランドスラム以外での優勝がやはり3回とあまり多くなく、決して年間を通じて無敵だったとは言えない。
最大の障害であったレンドルが、怪我の影響で大会にあまり出なかったのも1位になれた要因の一つだろう。
ウィンブルドンでの成績が他に比べて良くないので芝生のコートが苦手なのかと思われがちだが、
全豪での優勝3回のうち、2回は芝生で行われていた時のものである。
【惜しい度】★★★★


《1989年:ベッカー》
 
全豪:4回戦敗退
全仏:ベスト4
全英:優勝
全米:優勝
ベッカーがウィンブルドン以外のグランドスラムで優勝できた最初の年。
特に、芝以外のコートで分が悪かったレンドルに勝っての全米制覇は大きかった。
この3年前にも、ランキング1位を争いながら、肝心のところで敗れていた相手である。
但しこの年も、グランドスラムではより良い成績を収めていながら、
最終的に1位の座をレンドルから奪うことは出来なかった。
ベッカーが1位の座に就くのはそれから更に2年後。1991年の全豪に優勝したときだが、
その時に倒した相手こそ、誰あろうレンドルであった。
ベッカーは、同じく全仏を取り逃しているサンプラスエドバーグマッケンローよりも
スタイル的にクレーコートでの適正は高かったと考えられていたが、結局は準決勝どまりであった。
【惜しい度】★★★


《1991年:エドバーグ》
 
全豪:ベスト4
全仏:ベスト8
全英:ベスト4
全米:優勝
エドバーグは、ネットプレイヤーの常といえるが好不調の波が激しく、早いラウンドで格下に取りこぼすことが結構あった。
その一方で勝つときは苦手のクレーコートでもしっかりと勝つことのできる選手だった。
例えば1989年は全仏と全英の両方で決勝に進出したが、翌1990年は全仏1回戦敗退、全英で優勝という具合だ。
そのエドバーグが最も安定していた年というと、1991年になるだろう。
まず全豪では、レンドルベッカーとの三すくみの1位争いを演じていて、
準決勝でレンドルとの5セットマッチの熾烈な争いの末敗退した。マッチポイントを何度か握っての逆転負けだった。
全仏は準々決勝での敗退だったが、相手は優勝者のクーリエだった。
ウィンブルドンは優勝候補の筆頭だったが、伏兵シュティッヒ
サービスを一度もブレークされなかったにも関わらず、タイブレークで敗れてしまった。
そして最後の全米、それまでの鬱憤を晴らすべく快心の内容でクーリエを破って優勝した。
全ての大会で優勝争いを演じ、存在感を見せ付けたことになる。
しかしその後は、急激に台頭してくるクーリエサンプラスの波に飲まれていってしまうのである。
【惜しい度】★★★


《1992年:クーリエ》
 
全豪:優勝
全仏:優勝
全英:3回戦敗退
全米:ベスト4
急激な勢いでトップに上り詰めたクーリエが、その全盛期を飾ったのが1992年である。
同世代のライバルたちは既にグランドスラムで結果を出していたが、
クーリエは後から登場し、あっという間に主役の座をかっさらっていった。
1992年は、最初の2つの大会で優勝して強さを見せ付ける。
ウィンブルドンでの敗退はスタイル的にやむなしと考えられたが、期待の全米でも惜しくも準決勝でサンプラスに敗れた。
しかし、その快進撃は翌年にも続く。まず全豪で優勝して2連覇を達成。
3連覇を狙った全仏では決勝でブルゲラに敗れたが、続く苦手のウィンブルドンでもなんと決勝に進出した。
どのコートでも勝てる強いイメージを与え、クーリエ時代の到来を予感させた。
しかし、続く全米で4回戦負けを喫した頃からそのキャリアに陰りが見え始め、
年内にサンプラスに1位の座を明け渡すとそのまま失速してしまった。その後覇権を取り戻すことは無かった。
クーリエは、短命だったがその短い期間に強烈な印象を残した選手だったといえる。
【惜しい度】★★★


《1995年:サンプラス》
 
全豪:準優勝
全仏:1回戦敗退
全英:優勝
全米:優勝
1990年代テニス界に君臨した無敵の王者サンプラス
1995年はこのサンプラスという選手を象徴する年だったと言える。
得意のウィンブルドンと全米で優勝。全豪ではライバルアガシとの激しい戦いで準優勝。そして全仏での1回戦敗退。
ボルグを除き、全仏の得意な選手はウィンブルドンが苦手、
ウィンブルドンが得意な選手は全仏が苦手、と得手不得手がはっきりしているが、
グランドスラム全制覇をねらった選手の中で、サンプラスほどこの得手不得手がはっきりした選手も珍しい。
もっともこの評価は、ウィンブルドンでのあまりの強さから来る反動であったともいえるのだが。
この翌年の1996年。サンプラスは全仏に照準を合わせ、前年の初戦敗退を払拭すべく勝ち続けた。
準々決勝では強敵クーリエを破り、自身最高の準決勝にまで進んだのだった。
しかし皮肉なもので、苦手の全仏で好成績を収めたサンプラスは、
その直後のウィンブルドンでまさかの準々決勝敗退を喫してしまう。
ただ一度全仏で好成績を収めた1996年が、
1993年からの8年間で、唯一ウィンブルドン優勝を逃した年になってしまったのである。
【惜しい度】★★★


《1999年:アガシ》
 
全豪:4回戦敗退
全仏:優勝
全英:準優勝
全米:優勝
アガシは大変に息の長い選手なので、一番強かった年を選ぶのが難しい。
しかし敢えてベストイヤーを上げるとすれば1999年になるだろう。
アガシがグランドスラムで年に2勝した唯一の年であり、準優勝も1回ある。
最も得意とした全豪で4回戦止まりだったのが非常に残念だ。
というのも、この翌年から(欠場した2002年を挟んで)3連続で全豪優勝を果たすからである。
全豪での強さのピークがちょっとずれていたら、などと考えたくなってしまう。
但し、この年ほとんど何もしなかったサンプラスが、ウィンブルドンでだけは
圧倒的な強さを見せつけて決勝でアガシをひねっているので、
正直、アガシこそが最強であるという印象は薄かったのも事実である。
【惜しい度】★★★★


《2004年:フェデラー》
 
全豪:優勝
全仏:3回戦敗退
全英:優勝
全米:優勝
2004年、コナーズビランデル以来の年間3大会優勝者が現れた。ロジャー・フェデラーだ。
グランドスラムだけを見ると1988年のビランデルのほうがやや上のように思えるが
他の大会も含めた年間を通じての強さはフェデラーのほうが上だったと言える。
2004年のフェデラーはとにかく圧倒的で、ランキングトップ10の選手に一度も負けなかった。
クレーコートでの適正も充分にあるので、全仏での優勝も期待できる選手だと言える。
【惜しい度】★★★★


《2005年:フェデラー》
 
全豪:ベスト4
全仏:ベスト4
全英:優勝
全米:優勝
2005年のフェデラーも前年同様快進撃を続けた。
全豪、全仏ともにベスト4だったことで前年ほどの強さは発揮されてないかのように思えるが、
1987年レンドル以来となる全大会でのベスト4進出を達成したのだ。
むしろ強さの印象は2005年の方が大きかったといえる。誰が挑んでも勝てない印象だった。
ここまで来ると、ビランデルクーリエのように
突然強さがしぼむなどといったことはなさそうに思えるが、果たしてどうだろうか。
【惜しい度】★★★★★


《2006年、2007年:フェデラー》
 
全豪:優勝
全仏:準優勝
全英:優勝
全米:優勝
フェデラーの進撃はどこまで続くのだろうか。
クレーでの戦績も見事で2006年はナダルただ一人に阻まれた形となった。
しかしナダルほどの強い選手が同時代にいるというのも稀といえる事態であり
選手にとっての悲運、観衆にとっての幸運が近年のテニス界を襲っているといえるだろう。
フェデラーは2007年も2006年と全く同じ結果を残すこととなり、
もはや年間グランドスラムがいつ出てもおかしくないといわれる状況にまで迫ることになった。
【惜しい度】★★★★★


《2008年:ナダル》
 
全豪:ベスト4
全仏:優勝
全英:優勝
全米:ベスト4
2008年のナダルの活躍は、テニス史に残る貴重なものであろう。
ウィンブルドン優勝阻止&No.1奪取と、絶対であったフェデラー時代を揺り動かした功績は大きい。
また、1973年以降ではレンドル、フェデラー以来の全大会ベスト4も記録した。
もっとも、この年はフェデラーも同じく全大会ベスト4を記録しているのだが
前年までの成績が凄まじすぎるため、フェデラーにとってのベストイヤーとはいえない。
【惜しい度】★★★★★


《2009年:フェデラー》
 
全豪:準優勝
全仏:優勝
全英:優勝
全米:準優勝
前年にナダルから覇権を奪われたフェデラーは、早くも翌年には王者に返り咲いた。
全豪決勝でナダルに敗退した時点では既に時代が終わったかのような語られ方もしたが、
終わってみれば全大会で決勝進出と、フェデラー自身以外には誰も成し遂げられない
圧倒的な記録で2009年を終了している。
そしてこの年のハイライトはなんといっても悲願の全仏優勝であろう。
アガシ以来の生涯グランドスラム達成となり、翌年以降の年間グランドスラムへの期待も高まってくる。
確かに年全体の結果で見れば数年前の強さと同じではない。
しかし、ことグランドスラムについては次元の違う存在であると断言できるのではあるまいか。
【惜しい度】★★★★★


《2010年:ナダル》
 
全豪:ベスト8
全仏:優勝
全英:優勝
全米:優勝
こうも毎年年間グランドスラム未遂が登場すると、複数優勝のありがたみも薄れるという妙な錯覚に陥りそうだ。
2010年は紛れもなくナダルの年だった。フェデラーに奪われた王座を1年で奪回し、
しかも年間3回のグランドスラム優勝というおまけ付きだ。いや、もちろん、おまけなどという次元の成績ではないのだが。
グランドスラム年間3勝という例は過去に何度かあるが、全仏から全米までというのはランキング制度後初である。
全豪こそベスト8だったが前年には優勝していた大会なので、年間グランドスラムへの期待も高まるというものだ。
もしも翌2011年の全豪で優勝すれば、年間の達成ではないものの、遂にグランドスラム4連続優勝という
ランキング制度後初の快挙が達成されることになるのである。
【惜しい度】★★★★★


《2011年:ジョコビッチ》
 
全豪:優勝
全仏:ベスト4
全英:優勝
全米:優勝
こうも毎年年間グランドスラム未遂が登場すると、複数優勝のありがたみも薄れるという妙な錯覚に陥りそうだ。
2011年は紛れもなくジョコビッチの年だった。この年のジョコビッチは全仏以外の3大会で優勝を果たし
フェデラーナダルの背中を追う「第3の男」の名前を返上して一気にスターダムにのし上がった。
特にこの年の最大のライバルと目されていたナダルには6勝0敗と圧勝しており、事実上の最強選手の印象を強めた。
ジョコビッチはマスターズ1000でも5タイトルを獲得し、この時点でのシーズン最多記録を塗り替えている。
グランドスラムには影響しなかったものの、年の最後に怪我により失速したのが非常に惜しい。
また、この年はジョコビッチの他にマレーも全グランドスラムでベスト4に進出しており、
フェデラーナダルも全てベスト8に進出している。
ジョコビッチの一人勝ちであると同時に4強時代をも強く印象つけた年でもあった。
【惜しい度】★★★★★


《2012年:ジョコビッチ》
 
全豪:優勝
全仏:準優勝
全英:ベスト4
全米:準優勝
前年に比べるとインパクトは薄い。しかし、やはり残された成績は素晴らしいのだ。
4大会全てで準決勝に進出、そのうち決勝進出は3回、グランドスラムの勝利数は24と、
このような成績はフェデラー以前であればレンドルしか成し得ていなかったのである。
これまでの歴史上の年間成績と照らしあわせてみれば充分に特筆すべきものであるといえる。
ただ、年間グランドスラムの可能性という観点からは少々遠いという思いもある。
この年、4大会全ての優勝者が違った。4人はいずれもベスト4や決勝進出を繰り返し、
下位の選手との差をに大きなものにしたのだが、4人の力が異様に接近しているのだ。
つまり他の選手との対戦では過去のどの選手をも凌駕する成績を収められているものの、
トップ同士が対戦すると誰かが常に勝つことは途端に難しい状況になるのである。
【惜しい度】★★★


《2013年:ジョコビッチ》
 
全豪:優勝
全仏:ベスト4
全英:準優勝
全米:準優勝
優勝1回、準優勝2回、ベスト4が回というのは前年と同じ成績である。
2011年のインパクトにはどうしても欠けてしまうが、それでも充分見事な成績である。
ただ、2年連続で優勝より準優勝が多いというのは少し気になる。
準優勝の時の決勝の相手はナダルマレーであり、前年の2度の決勝敗退と全く顔ぶれとなっている。
全豪のみは大会との相性がよく、3連覇を達成していて、決勝でそのマレーナダルを倒しているので
決して勝てない相手が立ちはだかっているというわけではないのだが
どうも最後の最後でやられ役にいなっている印象も受けなくはない。
2011年以降、グランドスラムではフェデラー、ナダル、マレーの3人にしか敗れていないので
その意味では強者としての存在感も充分に示しているといえる。
このままの存在感を維持しつつ全豪以外でも優勝を果たせるかが今後の課題ではないだろうか。
【惜しい度】★★★


《2015年:ジョコビッチ》
 
全豪:優勝
全仏:準優勝
全英:優勝
全米:優勝
優勝3回、準優勝1回。
2015年のジョコビッチは、かのフェデラーが幾度も達し、そしてあと一つが届かなかったその高みに到達した。
グランドスラム以外の大会でも圧倒的な強さを発揮したジョコビッチは、その王者としての風格も歴史上屈指のものであったろう。
最大の懸念点も払拭されつつあった。それまで全ての選手を阻み続けてきた全仏のナダルがベストフォームではなくなっていたのだ。
もはや真っ向からジョコビッチに対抗できる選手は見当たらない状況であった。
いよいよ鬼門であった全仏を迎えたジョコビッチは、準々決勝でその宿敵ナダルと対戦する。
調子を落としているとはいえ全仏のナダルはわからない、という前評判もあったが、
終わってみれば力の差を見せつけるジョコビッチの圧勝であった。
フェデラーにとっての唯一の壁はジョコビッチにとっても壁であった。
それを打ち破ったジョコビッチには、その進撃を止める障害はもはや何も残されていないはずであった。
しかし決勝でバブリンカに力負けを喫する。対戦成績では圧倒していたはずの相手にまさかの真っ向勝負での力負けであった。
2015年のジョコビッチにとって、この全仏決勝は唯一つの惜しむべき敗戦であったといえよう。
その圧倒的存在感、敵なしの状況を考えればこの年のジョコビッチの年間グランドスラム達成は必然であったはずであった。
歴史上最強の3人を一つの時代にぶつけてきたテニスの神様は、尚も過酷な試練を選手に与えるのである。いたずらが過ぎるにも程がある。
しかし、この最後の達成を拒むことは、観戦者の興味を惹きつけ続ける巧妙な手法なのかもしれない。
【惜しい度】★★★★★★(MAX)


《2016年:ジョコビッチ》
 
全豪:優勝
全仏:優勝
全英:3回戦
全米:準優勝
優勝2回、準優勝1回。
終わってみればこれまでのジョコビッチの実績には届かなかったかもしれない。
しかし、シーズン開始時の期待値ではこれまででも群を抜く絶大なものがあった年だった。
昨年の全仏はまさかの伏兵からの敗退であったから、躓きさえしなければ全制覇は約束されたようなものであった。
そして期待通りに年初の全豪から優勝をさらい、全仏でも見事に優勝を達成した。
レーバーからアガシまで20年かかった生涯グランドスラム達成だが、2010年から2016年だけでで3人が達成してしまうという異例の事態となった。
ここまでくると、ジョコビッチがその圧倒的な存在感で歴史を塗り替える瞬間も間近かと思われたのだが、
何故か直後のウィンブルドンから急激に様子がおかしくなってしまった。
3連覇を目指したウィンブルドンではまさかの3回戦負けを喫し、全米ではまたも去年の伏兵バブリンカに決勝で敗退を喫してしまった。
初の全仏制覇により燃え尽き症候群に陥ったかと揶揄されもしたが、そう思えてしまうほどに夏場から調子が狂い始めたのは事実だ。
更に年末には最後の最後でマレーに1位の座も明け渡すことになってしまった。
フェデラーナダルという最大の脅威が去ったのち、今は新しくマレーバブリンカという脅威が登場した。
全2者に比べればその驚異の度合いは遥かに少ないといえるのだが、
ジョコビッチにはもう一つ安定感の欠落というこれまでなかった自身の内の脅威も発生してしまったことになる。
2015年のあの壮絶なる快進撃の状態を取り戻すのは並大抵のことではないだろう。
【惜しい度】★★★


《2017年:ナダル&フェデラー》
 
全豪:準優勝全豪:優勝
全仏:優勝全仏:出場せず
全英:4回戦全英:優勝
全米:優勝全米:ベスト8
2017年はテニス史上でも屈指の特異な年であった。
それまで長期政権を築いていたフェデラーナダルは怪我で前年後半のツアーを欠場し共に大きくランクを落としていた。
両者が揃ってここまで大きくランクを落としたのは初めてのことだった。
代わりに前年に覇を競ったマレージョコビッチによる新たな政権が誕生すると思われた。別の新勢力の登場も期待できるかもしれなかった。
あまりに長く大きかった二人の時代が崩壊した後に、どのような展開が待っているのかは想像がつかなかった。
しかし、ふたを開けてみるとどうだろうか。この全く新しい時代の始まりを告げた2017年、
終わってみれば席巻したのはなんとナダルフェデラーだったのである。
それも、ベテランの一時的な復活などという生易しいものではなく、驚くべき圧倒的な支配であった。
2人の選手がグランドスラム4つを2つづつ分け合うというのはオープン化後では初めてのことだった。
長いテニスの歴史を眺めてみても僅か2度目の出来事であり、言い換えれば年間グランドスラム達成よりも更に少ない事態なのだ。
改めてこの年は特殊な年だったのである。
最終ランク1位のナダルはその成績だけでも歴代でも屈指の見事な結果だったと言えるし
全仏を欠場したとはいえフェデラーの成績もまた凡百の選手を顔色なからしめる絶大なものであったと言えるだろう。
実に異例ではあるが、この年は2名合わせての評価とする。
この2人の歴史上最強の選手たちは何故に同じ時代を生きてしまったのか。
【惜しい度】★★★★★★(計測不能)


《2018年:ジョコビッチ》
 
全豪:4回戦
全仏:ベスト8
全英:優勝
全米:優勝
この年のジョコビッチは年の前半と後半で別人のように活躍が違うのが特徴といえる。
グランドスラム優勝2回はそれだけで見事であるものの、これまでのジョコビッチからすれば凡庸な成績かもしれない。
しかし、ウィンブルドン以降に次元の違う完璧な勝ち方を続けたその様は、
前年のナダル、フェデラーに劣らぬ衝撃的な復活劇であったといえるだろう。
復活と同時にグランドスラム決勝でぶつかりあったナダル、フェデラーに比べれば少し時間がかかったともいえる。
しかし、半年という時間をかけた復活であったがためか、いざ復活した後の圧巻の強さは想像の遥か上を行くものであった。
ジョコビッチは、この強大さを持続させたまま次年度を迎え、そしてそのまま走り切ることはできるだろうか。
2018年の最終ランクはジョコビッチがトップ、続いてナダルフェデラーであった。
意外なまでに新勢力が出て来ないだけに、本人次第でまだしばらく時代を継続させることはできるかもしれない。
【惜しい度】★★★


《2019年:ナダル》
 
全豪:準優勝
全仏:優勝
全英:ベスト4
全米:優勝
2017年にテニス史でも稀な2人の選手が2つずつグランドスラムを分け合うという快挙を達成したナダルであったが、
僅か2年後にまたもや同じことをやってしまう。相手をフェデラーからジョコビッチに変えて。
前年に圧倒的な復活を遂げたジョコビッチは、その勢いのままに全豪のタイトルを獲得した。
決勝ではナダルに完勝し、文字通り最強選手としての存在感を圧倒的なものにしてみせた。
しかしこの年は前2年とは少し違う。
そのまま最強時代を構築するかに思えたジョコビッチは春先に得意のハードシーズンで早期敗退を繰り返した。
またナダルも、クレーシーズンに入りこれまでのような王者としての圧倒的な強さは影を潜めていた。
フェデラーも全豪でチチパスに敗れるなど3強の支配が絶対ではなくなっていたのは確実だった。
しかし、やはりこのレジェンドたちは違う。勝ち続けられなくても要所を締めることで時代の支配を行ったのだ。
要所とはすなわちグランドスラムである。
クレーシーズンでいつになく苦労したナダルであったが全仏では圧倒的な強さで優勝をさらい、
続くウィンブルドンではジョコビッチフェデラーとの奇跡的な決勝を戦い年間2勝目のグランドスラムを獲得した。
全米は若きメドベージェフの台頭を生んだものの、最後はナダルが貫録でこれを退けた。
終わってみればこの年のグランドスラムはナダルジョコビッチが分け合い、優勝はなかったものののフェデラーが第3位の結果を残したのであった。
3者の直接対決では全豪でナダルに圧勝し、ウィンブルドンでは歴史的な試合でフェデラーを下したジョコビッチが不敗の状態となっている。
ナダルフェデラーは全仏とウィンブルドンで1勝1敗だ。
しかし、この年を総合で見てみると、全てのグランドスラムでベスト4以上に進出し、年間勝率も90%に近く
最終ランクも1位を獲得したナダルこそが最高評価となるだろう。
【惜しい度】★★★★★


《2021年:ジョコビッチ》
 
全豪:優勝
全仏:優勝
全英:優勝
全米:準優勝
2021年こそは1969年以降最大のテニスイヤーとなるべき年であった。
15年に渡り超ハイレベルな争いを続けてきていたテニス史三傑により、遂にその集大成ともいうべき結果がここに示されたといえる。
昨年から最強の座に君臨していたのはジョコビッチ
これまであと一歩のところでそれを阻んでいたのはナダルでありフェデラーであったし、
その両者を逆に阻み返していたのもジョコビッチ自身であった。
しかし2021年は、ジョコビッチの好調とは裏腹にナダルフェデラーのコンディションは万全でなく、
更には怪我にも侵されて年間を通じてまともに戦えていない状態であった。
ナダルフェデラーも相変わらず出れば強い選手ではあったものの、長いトーナメントやシーズンを戦い抜くことはできなかった。
ジョコビッチもかつてのように多くの試合をこなすことはできなくなっていたが、出場大会を厳選し少ない試合で効果を出すことができた。
この年も圧倒的なランク1位であったが、他のトップ10選手よりも出場大会は1/3〜1/2も少なかったのである。
さて、この年のグランドスラムだが、年初からジョコビッチは勝ちまくり、ウィンブルドンまで3大会連続で優勝を収めた。
もはやライバルのいない状態なのだから勝つのは当たり前だなのだという論評は当然ながら当てはまらない。
そのような状況を作り上げたのはジョコビッチ本人であるし、何よりコンディションがベストではなかったとはいえ
全仏で最強ナダルを下したというのはそれだけで称賛に価すべき結果であろう。
ジョコビッチは全仏でナダルに複数回勝っている唯一の選手となっている。
因みにジョコビッチはウィンブルドンでもフェデラーに複数回勝利している。
また全豪決勝で4度もマレーをボコスコにしたことのある唯一の選手もジョコビッチなのである。
2021年はオリンピックイヤーであった。圧倒的支配力を誇るジョコビッチにはゴールデンスラムの称号さえも期待された。
オリンピックはテニス界ではグランドスラムほどに大きな大会ではない。
しかし4年に一度という特異性、普段テニスを観ていない人にも注目されるという特殊性があるのは事実だ。
恐らくジョコビッチへの期待はグランドスラム以上にあらゆる方面から向けられたものであったことは想像に難くない。
通常とは異なる異例さに中てられたか、最強ジョコビッチはオリンピック準決勝でズベレフに敗退することになる。
その敗退の仕方も、先に先制し試合を有利に進めていながらのまさかの逆転負けで、
これは、いつものジョコビッチにでは考えられない敗退内容であった。
この年のジョコビッチは第1セットを取った時の勝率が驚異の97.4%(37勝1敗!)と、
とてつもないものであったのだが唯一の敗退こそがオリンピックだったのであった。
その後3位決定戦でも敗退し、この最強王者にしては珍しく2連敗を喫して東京を後にした。
さて、ゴールデンスラムのあったとはいえ、グランドスラム獲得の可能性は続いていた。
ジョコビッチはオリンピック終了後の約一ヶ月、一つの大会にも出ずに全米に登場した。
オリンピック敗退がどれほど後を引いていたのかという点も気がかりではあったものの、さすがの王者は勝ち続け遂に決勝に進出した。
準決勝ではズベレフを相手にフルセットでの勝利を収め、オリンピックの借りを見事返したのであった。
決勝の相手は、No.2のメドベージェフ。全豪決勝の再選でもあり、この時点で対ジョコビッチ最有力候補の選手だ。
演出としては最高であったが、ジョコビッチの緊張の糸もここまでだったか、まさかのストレート敗退となり、
最大最高のチャンス到来と思われた年間グランドスラム達成は、夢と潰えてしまったのであった。
しかししかし、世間が混乱し、大会自体の中止も続く中、見事な盛り上がり世界に見せてくれたのは間違いないだろう。
これはジョコビッチ一人の奮迅の活躍のようでいて、他の選手の存在も大きな意味を持つ。
特にジョコビッチをここまで最強に押し上げたのは何と言ってもフェデラーナダルがいたからであるのは間違いない。
フェデラーがつき、ナダルがこねし天下餅、座りしままに食うはジョコビッチ
【惜しい度】★★★★★★★(MAX)


《2023年:ジョコビッチ》
 
全豪:優勝
全仏:優勝
全英:準優勝
全米:優勝
2021年、私はあれほどの長い文を書き連ねた。賛辞とも驚嘆ともつかぬ困惑とも混沌ともつかぬ文である。
それほど大きな衝撃であったことは想像に難くない。そしてこのコラムも最早完結なのだろうと思わせたものだった。
しかしその2年後、ジョコビッチは一体何をやってくれているのか。
もういい加減、このサイトのタイトル違うだろ、という声も聞こえる。
わかっている、わかってはいるが、当サイトのタイトルは、レンドル達最強説であり、フェデラー達最強説であって
「達」の中に燦然とジョコビッチは入っているのである。そこはどうかご理解いただきたい。
2023年、ジョコビッチはまたしてもグランドスラム3大会制覇、1つで準優勝というのを成し遂げた。
4大会全てで決勝に進出した年はこれで3度目であり、もちろんこれは歴代最多の記録である。
面白いことに、取り逃した1つというのが3年ですべて違っていて、順に全仏、全米、全英となっている。
そしてこの2023年こそ、3度の達成の中でも最も完全制覇に近い年だったと言って良いだろう。
前年、No.1の座を譲ったアルカラスは史上最年少でのNo.1就任を果たしており、
正にテニス史上稀有な3強時代を終わらせるにふさわしい新しい風として、その期待を一身に背負う待望のニューカマーだった。
事実アルカラスの活躍は目覚ましく、一昔前であれば最も不得手と考えられたコートであるウィンブルドンで、
見事絶対王者ジョコビッチを下して優勝したのであった。
この年は、36歳のジョコビッチ、27歳のメドベージェフ、そして20歳のアルカラスと、
正にテニス史上類を見ない、大きく歳の離れた3世代による王座争いが繰り広げられることとなった。
しかし年の後半に疲れが出たのか、メドベージェフアルカラスがじわじわと失速していくのを尻目に、
終わってみれば、ジョコビッチが他を圧倒する貫禄の成績でNo.1に返り咲くこととなったのであった。
ウィンブルドン時点でアルカラスによる世代交代がなされたかと思われたのも一瞬であったと言える。
冷静に振り返ってみればウィンブルドンの勝負もフルセットの大激戦であり、ジョコビッチが勝ってもおかしくないギリギリの勝負であったのだ。
前人未踏の24回のグランドスラム優勝を成し遂げたジョコビッチだが、そのすさまじさは30歳以降の成績に現れる。
実に半数の12回が30歳以降の取得となっているのだ。
因みにジョコビッチは準優勝回数も歴代最多の12回を誇っているのだが、
30歳以前では9回だったのが、30歳以降は3回と激減していて、ここでも近年の圧倒的王者感を示している。

【惜しい度】★★★★★★★(MAX+)

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