【年間グランドスラム未遂】

1973年にATPランキング制度が導入されてから、グランドスラムの年間制覇は一度も達成されていない。
しかし、それに迫る惜しいものもいくつかあったので取り上げてみよう。

《1974年:コナーズ》
 
全豪:優勝
全仏:出場せず
全英:優勝
全米:優勝
この年、破竹の勢いのコナーズだったが、
全仏からは出場停止を食らっていて、優勝は3大会にとどまることとなった。
その後全仏には1979年から出場し、4度ベスト4に勝ち上がるも優勝はできなかった。
この結果から、一見クレーに弱いかのように思えるが、
実際には全米がクレーで行われていたときにも優勝しており、
ともすれば年間グランドスラムに最も近い選手だったといえるのかもしれない。
【惜しい度】★★★★★


《1977年:ビラス》
 
全豪:準優勝(1月)
全仏:優勝
全英:3回戦敗退
全米:優勝
この年は全仏、全米ともクレーコートだったこともあり、クレー巧者ビラスの大躍進に繋がった。
また、この年は全豪オープンが1月と12月の2回行わるという変則的な年だった。
ビラスの準優勝は1月のもので、12月の大会には出場していない。
このため記録も変則的なものと言えるが、大記録には変わりないので取り上げた。
ビラスは、クレーだけでなくグラスにも強かった。この時まだグラスだった全豪で準優勝しているし、
翌年の1978年とその次の1979年では同じ全豪で連覇を果たしている。
ただ、ウィンブルドンでの結果はそうでもなく、グラスに強かったとはいえ、
勝てたのはコナーズボルグが出場しない大会に限られていたと言えるだろう。
【惜しい度】★★★


《1978年、1980年:ボルグ》
 
全豪:出場せず
全仏:優勝
全英:優勝
全米:準優勝
全仏とウィンブルドンでは圧倒的に強かったボルグ
しかし全米では、4度決勝に進出するも1度も勝てなかった。
全米特有のナイトセッションがボルグに合わなかったのではないかとも言われる。
78年と80年はいずれも全仏、ウィンブルドンで優勝しており、もしもこのまま全米にも勝っていたなら
当時まだ年末に行われていた全豪にも出場し、あわよくば優勝していたかもしれなかった。
出場もしていない大会で勝ったかもなどと言うのは、いわゆる「たられば」の話で、
勝負の世界では厳禁のように言われるのだが、
ボルグならばあるいは、と思わされてしまうのもまた事実なのだ。
【惜しい度】★★★★


《1984年:マッケンロー》
 
全豪:出場せず
全仏:準優勝
全英:優勝
全米:優勝
この年はマッケンローが唯一全仏で決勝に進出した年だ。
彼が全仏で優勝するなら、この時を置いてなかったと言えるわけだが、
当時のマッケンローは無敵で、実はごく寸前まで行っていたのだ。
決勝ではレンドルを相手に2セットを先取し、勝利まであと一歩だった。
また、この直前に行われたクレーコートの大会でもやはりレンドルと対戦していて、
そのときは寄せ付けずに大勝していたのである。
【惜しい度】★★★★


《1987年:レンドル》
 
全豪:ベスト4
全仏:優勝
全英:準優勝
全米:優勝
1987年のレンドルは全てのグランドスラムでベスト4に進出した。
1973年以降初めてのことで、2005年のフェデラーまで再現されることのなかった記録だ。
また、この前年の1986年は全豪が年末から年始に日程変更された谷間の年であり開催されなかった。
つまり、グランドスラムは年3大会しか行われなかったわけだが、
レンドルは、その3大会全てで87年と同じ結果を残しており、
変則とはいえ73年以降、年間全てのグランドスラムで決勝に進出した最初の例となっている。
因みにその前年の全米から、グランドスラム10大会連続準決勝進出を果たしており、
2006年にフェデラーが到達するまで唯一の記録であり続けた。
常に安定して勝つというレンドルの面目躍如たる記録だろう。
【惜しい度】★★★★★


《1988年:ビランデル》
 
全豪:優勝
全仏:優勝
全英:ベスト8
全米:優勝
1974年コナーズ以来の年間3勝。
達成したのがレンドルではなくビランデルというのも衝撃だった。
ウィンブルドンはベスト8だったが、彼のウィンブルドンの最高成績がベスト8なので
この年は正にビランデルにとってのベストイヤーだったと言えるだろう。
ランキングも全米後に念願の第1位になっている。
しかし、グランドスラム以外での優勝がやはり3回とあまり多くなく、決して年間を通じて無敵だったとは言えない。
最大の障害であったレンドルが、怪我の影響で大会にあまり出なかったのも1位になれた要因の一つだろう。
ウィンブルドンでの成績が他に比べて良くないので芝生のコートが苦手なのかと思われがちだが、
全豪での優勝3回のうち、2回は芝生で行われていた時のものである。
【惜しい度】★★★★


《1989年:ベッカー》
 
全豪:4回戦敗退
全仏:ベスト4
全英:優勝
全米:優勝
ベッカーがウィンブルドン以外のグランドスラムで優勝できた最初の年。
特に、芝以外のコートで分が悪かったレンドルに勝っての全米制覇は大きかった。
この3年前にも、ランキング1位を争いながら、肝心のところで敗れていた相手である。
但しこの年も、グランドスラムではより良い成績を収めていながら、
最終的に1位の座をレンドルから奪うことは出来なかった。
ベッカーが1位の座に就くのはそれから更に2年後。1991年の全豪に優勝したときだが、
その時に倒した相手こそ、誰あろうレンドルであった。
ベッカーは、同じく全仏を取り逃しているサンプラスエドバーグマッケンローよりも
スタイル的にクレーコートでの適正は高かったと考えられていたが、結局は準決勝どまりであった。
【惜しい度】★★★


《1991年:エドバーグ》
 
全豪:ベスト4
全仏:ベスト8
全英:ベスト4
全米:優勝
エドバーグは、ネットプレイヤーの常といえるが好不調の波が激しく、早いラウンドで格下に取りこぼすことが結構あった。
その一方で勝つときは苦手のクレーコートでもしっかりと勝つことのできる選手だった。
例えば1989年は全仏と全英の両方で決勝に進出したが、翌1990年は全仏1回戦敗退、全英で優勝という具合だ。
そのエドバーグが最も安定していた年というと、1991年になるだろう。
まず全豪では、レンドルベッカーとの三すくみの1位争いを演じていて、
準決勝でレンドルとの5セットマッチの熾烈な争いの末敗退した。マッチポイントを何度か握っての逆転負けだった。
全仏は準々決勝での敗退だったが、相手は優勝者のクーリエだった。
ウィンブルドンは優勝候補の筆頭だったが、伏兵シュティッヒ
サービスを一度もブレークされなかったにも関わらず、タイブレークで敗れてしまった。
そして最後の全米、それまでの鬱憤を晴らすべく快心の内容でクーリエを破って優勝した。
全ての大会で優勝争いを演じ、存在感を見せ付けたことになる。
しかしその後は、急激に台頭してくるクーリエサンプラスの波に飲まれていってしまうのである。
【惜しい度】★★★


《1992年:クーリエ》
 
全豪:優勝
全仏:優勝
全英:3回戦敗退
全米:ベスト4
急激な勢いでトップに上り詰めたクーリエが、その全盛期を飾ったのが1992年である。
同世代のライバルたちは既にグランドスラムで結果を出していたが、
クーリエは後から登場し、あっという間に主役の座をかっさらっていった。
1992年は、最初の2つの大会で優勝して強さを見せ付ける。
ウィンブルドンでの敗退はスタイル的にやむなしと考えられたが、期待の全米でも惜しくも準決勝でサンプラスに敗れた。
しかし、その快進撃は翌年にも続く。まず全豪で優勝して2連覇を達成。
3連覇を狙った全仏では決勝でブルゲラに敗れたが、続く苦手のウィンブルドンでもなんと決勝に進出した。
どのコートでも勝てる強いイメージを与え、クーリエ時代の到来を予感させた。
しかし、続く全米で4回戦負けを喫した頃からそのキャリアに陰りが見え始め、
年内にサンプラスに1位の座を明け渡すとそのまま失速してしまった。その後覇権を取り戻すことは無かった。
クーリエは、短命だったがその短い期間に強烈な印象を残した選手だったといえる。
【惜しい度】★★★


《1995年:サンプラス》
 
全豪:準優勝
全仏:1回戦敗退
全英:優勝
全米:優勝
1990年代テニス界に君臨した無敵の王者サンプラス
1995年はこのサンプラスという選手を象徴する年だったと言える。
得意のウィンブルドンと全米で優勝。全豪ではライバルアガシとの激しい戦いで準優勝。そして全仏での1回戦敗退。
ボルグを除き、全仏の得意な選手はウィンブルドンが苦手、
ウィンブルドンが得意な選手は全仏が苦手、と得手不得手がはっきりしているが、
グランドスラム全制覇をねらった選手の中で、サンプラスほどこの得手不得手がはっきりした選手も珍しい。
もっともこの評価は、ウィンブルドンでのあまりの強さから来る反動であったともいえるのだが。
この翌年の1996年。サンプラスは全仏に照準を合わせ、前年の初戦敗退を払拭すべく勝ち続けた。
準々決勝では強敵クーリエを破り、自身最高の準決勝にまで進んだのだった。
しかし皮肉なもので、苦手の全仏で好成績を収めたサンプラスは、
その直後のウィンブルドンでまさかの準々決勝敗退を喫してしまう。
ただ一度全仏で好成績を収めた1996年が、
1993年からの8年間で、唯一ウィンブルドン優勝を逃した年になってしまったのである。
【惜しい度】★★★


《1999年:アガシ》
 
全豪:4回戦敗退
全仏:優勝
全英:準優勝
全米:優勝
アガシは大変に息の長い選手なので、一番強かった年を選ぶのが難しい。
しかし敢えてベストイヤーを上げるとすれば1999年になるだろう。
アガシがグランドスラムで年に2勝した唯一の年であり、準優勝も1回ある。
最も得意とした全豪で4回戦止まりだったのが非常に残念だ。
というのも、この翌年から(欠場した2002年を挟んで)3連続で全豪優勝を果たすからである。
全豪での強さのピークがちょっとずれていたら、などと考えたくなってしまう。
但し、この年ほとんど何もしなかったサンプラスが、ウィンブルドンでだけは
圧倒的な強さを見せつけて決勝でアガシをひねっているので、
正直、アガシこそが最強であるという印象は薄かったのも事実である。
【惜しい度】★★★★


《2004年:フェデラー》
 
全豪:優勝
全仏:3回戦敗退
全英:優勝
全米:優勝
2004年、コナーズビランデル以来の年間3大会優勝者が現れた。ロジャー・フェデラーだ。
グランドスラムだけを見ると1988年のビランデルのほうがやや上のように思えるが
他の大会も含めた年間を通じての強さはフェデラーのほうが上だったと言える。
2004年のフェデラーはとにかく圧倒的で、ランキングトップ10の選手に一度も負けなかった。
クレーコートでの適正も充分にあるので、全仏での優勝も期待できる選手だと言える。
【惜しい度】★★★★


《2005年:フェデラー》
 
全豪:ベスト4
全仏:ベスト4
全英:優勝
全米:優勝
2005年のフェデラーも前年同様快進撃を続けた。
全豪、全仏ともにベスト4だったことで前年ほどの強さは発揮されてないかのように思えるが、
1987年レンドル以来となる全大会でのベスト4進出を達成したのだ。
むしろ強さの印象は2005年の方が大きかったといえる。誰が挑んでも勝てない印象だった。
ここまで来ると、ビランデルクーリエのように
突然強さがしぼむなどといったことはなさそうに思えるが、果たしてどうだろうか。
【惜しい度】★★★★★


《2006年、2007年:フェデラー》
 
全豪:優勝
全仏:準優勝
全英:優勝
全米:優勝
フェデラーの進撃はどこまで続くのだろうか。
クレーでの戦績も見事で2006年はナダルただ一人に阻まれた形となった。
しかしナダルほどの強い選手が同時代にいるというのも稀といえる事態であり
選手にとっての悲運、観衆にとっての幸運が近年のテニス界を襲っているといえるだろう。
フェデラーは2007年も2006年と全く同じ結果を残すこととなり、
もはや年間グランドスラムがいつ出てもおかしくないといわれる状況にまで迫ることになった。
【惜しい度】★★★★★


《2008年:ナダル》
 
全豪:ベスト4
全仏:優勝
全英:優勝
全米:ベスト4
2008年のナダルの活躍は、テニス史に残る貴重なものであろう。
ウィンブルドン優勝阻止&No.1奪取と、絶対であったフェデラー時代を揺り動かした功績は大きい。
また、1973年以降ではレンドル、フェデラー以来の全大会ベスト4も記録した。
もっとも、この年はフェデラーも同じく全大会ベスト4を記録しているのだが
前年までの成績が凄まじすぎるため、フェデラーにとってのベストイヤーとはいえない。
【惜しい度】★★★★★


《2009年:フェデラー》
 
全豪:準優勝
全仏:優勝
全英:優勝
全米:準優勝
前年にナダルから覇権を奪われたフェデラーは、早くも翌年には王者に返り咲いた。
全豪決勝でナダルに敗退した時点では既に時代が終わったかのような語られ方もしたが、
終わってみれば全大会で決勝進出と、フェデラー自身以外には誰も成し遂げられない
圧倒的な記録で2009年を終了している。
そしてこの年のハイライトはなんといっても悲願の全仏優勝であろう。
アガシ以来の生涯グランドスラム達成となり、翌年以降の年間グランドスラムへの期待も高まってくる。
確かに年全体の結果で見れば数年前の強さと同じではない。
しかし、ことグランドスラムについては次元の違う存在であると断言できるのではあるまいか。
【惜しい度】★★★★★


《2010年:ナダル》
 
全豪:ベスト8
全仏:優勝
全英:優勝
全米:優勝
こうも毎年年間グランドスラム未遂が登場すると、複数優勝のありがたみも薄れるという妙な錯覚に陥りそうだ。
2010年は紛れもなくナダルの年だった。フェデラーに奪われた王座を1年で奪回し、
しかも年間3回のグランドスラム優勝というおまけ付きだ。いや、もちろん、おまけなどという次元の成績ではないのだが。
グランドスラム年間3勝という例は過去に何度かあるが、全仏から全米までというのはランキング制度後初である。
全豪こそベスト8だったが前年には優勝していた大会なので、年間グランドスラムへの期待も高まるというものだ。
もしも翌2011年の全豪で優勝すれば、年間の達成ではないものの、遂にグランドスラム4連続優勝という
ランキング制度後初の快挙が達成されることになるのである。
【惜しい度】★★★★★


《2011年:ジョコビッチ》
 
全豪:優勝
全仏:ベスト4
全英:優勝
全米:優勝
こうも毎年年間グランドスラム未遂が登場すると、複数優勝のありがたみも薄れるという妙な錯覚に陥りそうだ。
2011年は紛れもなくジョコビッチの年だった。この年のジョコビッチは全仏以外の3大会で優勝を果たし
フェデラーナダルの背中を追う「第3の男」の名前を返上して一気にスターダムにのし上がった。
特にこの年の最大のライバルと目されていたナダルには6勝0敗と圧勝しており、事実上の最強選手の印象を強めた。
ジョコビッチはマスターズ1000でも5タイトルを獲得し、この時点でのシーズン最多記録を塗り替えている。
グランドスラムには影響しなかったものの、年の最後に怪我により失速したのが非常に惜しい。
また、この年はジョコビッチの他にマレーも全グランドスラムでベスト4に進出しており、
フェデラーナダルも全てベスト8に進出している。
ジョコビッチの一人勝ちであると同時に4強時代をも強く印象つけた年でもあった。
【惜しい度】★★★★★


《2012年:ジョコビッチ》
 
全豪:優勝
全仏:準優勝
全英:ベスト4
全米:準優勝
前年に比べるとインパクトは薄い。しかし、やはり残された成績は素晴らしいのだ。
4大会全てで準決勝に進出、そのうち決勝進出は3回、グランドスラムの勝利数は24と、
このような成績はフェデラー以前であればレンドルしか成し得ていなかったのである。
これまでの歴史上の年間成績と照らしあわせてみれば充分に特筆すべきものであるといえる。
ただ、年間グランドスラムの可能性という観点からは少々遠いという思いもある。
この年、4大会全ての優勝者が違った。4人はいずれもベスト4や決勝進出を繰り返し、
下位の選手との差をに大きなものにしたのだが、4人の力が異様に接近しているのだ。
つまり他の選手との対戦では過去のどの選手をも凌駕する成績を収められているものの、
トップ同士が対戦すると誰かが常に勝つことは途端に難しい状況になるのである。
【惜しい度】★★★


《2013年:ジョコビッチ》
 
全豪:優勝
全仏:ベスト4
全英:準優勝
全米:準優勝
優勝1回、準優勝2回、ベスト4が回というのは前年と同じ成績である。
2011年のインパクトにはどうしても欠けてしまうが、それでも充分見事な成績である。
ただ、2年連続で優勝より準優勝が多いというのは少し気になる。
準優勝の時の決勝の相手はナダルマレーであり、前年の2度の決勝敗退と全く顔ぶれとなっている。
全豪のみは大会との相性がよく、3連覇を達成していて、決勝でそのマレーナダルを倒しているので
決して勝てない相手が立ちはだかっているというわけではないのだが
どうも最後の最後でやられ役にいなっている印象も受けなくはない。
2011年以降、グランドスラムではフェデラー、ナダル、マレーの3人にしか敗れていないので
その意味では強者としての存在感も充分に示しているといえる。
このままの存在感を維持しつつ全豪以外でも優勝を果たせるかが今後の課題ではないだろうか。
【惜しい度】★★★


《2015年:ジョコビッチ》
 
全豪:優勝
全仏:準優勝
全英:優勝
全米:優勝
優勝3回、準優勝1回。
2015年のジョコビッチは、かのフェデラーが幾度も達し、そしてあと一つが届かなかったその高みに到達した。
グランドスラム以外の大会でも圧倒的な強さを発揮したジョコビッチは、その王者としての風格も歴史上屈指のものであったろう。
最大の懸念点も払拭されつつあった。それまで全ての選手を阻み続けてきた全仏のナダルがベストフォームではなくなっていたのだ。
もはや真っ向からジョコビッチに対抗できる選手は見当たらない状況であった。
いよいよ鬼門であった全仏を迎えたジョコビッチは、準々決勝でその宿敵ナダルと対戦する。
調子を落としているとはいえ全仏のナダルはわからない、という前評判もあったが、
終わってみれば力の差を見せつけるジョコビッチの圧勝であった。
フェデラーにとっての唯一の壁はジョコビッチにとっても壁であった。
それを打ち破ったジョコビッチには、その進撃を止める障害はもはや何も残されていないはずであった。
しかし決勝でバブリンカに力負けを喫する。対戦成績では圧倒していたはずの相手にまさかの真っ向勝負での力負けであった。
2015年のジョコビッチにとって、この全仏決勝は唯一つの惜しむべき敗戦であったといえよう。
その圧倒的存在感、敵なしの状況を考えればこの年のジョコビッチの年間グランドスラム達成は必然であったはずであった。
歴史上最強の3人を一つの時代にぶつけてきたテニスの神様は、尚も過酷な試練を選手に与えるのである。いたずらが過ぎるにも程がある。
しかし、この最後の達成を拒むことは、観戦者の興味を惹きつけ続ける巧妙な手法なのかもしれない。
【惜しい度】★★★★★★(MAX)


《2016年:ジョコビッチ》
 
全豪:優勝
全仏:優勝
全英:3回戦
全米:準優勝
優勝2回、準優勝1回。
終わってみればこれまでのジョコビッチの実績には届かなかったかもしれない。
しかし、シーズン開始時の期待値ではこれまででも群を抜く絶大なものがあった年だった。
昨年の全仏はまさかの伏兵からの敗退であったから、躓きさえしなければ全制覇は約束されたようなものであった。
そして期待通りに年初の全豪から優勝をさらい、全仏でも見事に優勝を達成した。
レーバーからアガシまで20年かかった生涯グランドスラム達成だが、2010年から2016年だけでで3人が達成してしまうという異例の事態となった。
ここまでくると、ジョコビッチがその圧倒的な存在感で歴史を塗り替える瞬間も間近かと思われたのだが、
何故か直後のウィンブルドンから急激に様子がおかしくなってしまった。
3連覇を目指したウィンブルドンではまさかの3回戦負けを喫し、全米ではまたも去年の伏兵バブリンカに決勝で敗退を喫してしまった。
初の全仏制覇により燃え尽き症候群に陥ったかと揶揄されもしたが、そう思えてしまうほどに夏場から調子が狂い始めたのは事実だ。
更に年末には最後の最後でマレーに1位の座も明け渡すことになってしまった。
フェデラーナダルという最大の脅威が去ったのち、今は新しくマレーバブリンカという脅威が登場した。
全2者に比べればその驚異の度合いは遥かに少ないといえるのだが、
ジョコビッチにはもう一つ安定感の欠落というこれまでなかった自身の内の脅威も発生してしまったことになる。
2015年のあの壮絶なる快進撃の状態を取り戻すのは並大抵のことではないだろう。
【惜しい度】★★★

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