【レンドルvsチャン】

 

※データはATPより引用
Ivan Lendl (USA) vs. Michael Chang (USA)
1989-05-29 Roland Garros Clay R16 Michael Chang (USA) 4-6 4-6 6-3 6-3 6-3
1989-11-27 New York Indoor Carpet RR Ivan Lendl (USA) 6-1 6-3
1991-12-09 Munich Indoor Carpet SF Michael Chang (USA) 2-6 4-6 6-4 7-6 9-7
1992-08-10 Cincinnati Hardcourt SF Ivan Lendl (USA) 6-3 6-2
1992-08-17 New Haven Hardcourt QF Ivan Lendl (USA) 6-3 7-6(7)
1992-08-24 Long Island Hardcourt SF Ivan Lendl (USA) 6-2 6-3
1992-10-12 Tokyo Indoor Carpet SF Ivan Lendl (USA) 6-3 6-4
Ivan Lendl (USA) leads 5:2
Hard: Ivan Lendl (USA) leads 3:0
Clay: Michael Chang (USA) leads 1:0
Grass: Tied 0:0
Carpet: Ivan Lendl (USA) leads 2:1

【意外な大差】

レンドルの5勝2敗。

初対戦となった1989年全仏のイメージが強いので、
チャンレンドルに勝った印象が大きいが、
実際には大差をつけてレンドルが優勢となっている。

ここでも目立つ負け方をしたレンドルの責任問題が露呈する。

ともあれ、レンドルが勝った試合はいずれもストレートだった。
事実、チャンは何もさせてもらえず敗退することがほとんどだった。
一方、チャンが勝つときは、やっとこさというイメージである。
チャンの2勝はいずれも5セットを戦ってのものだった。

基本的にはレンドルが優勢だが、
時にチャンが脅威の粘りを見せるといったところか。

しかし、対戦表を見ると面白いことに気付く。



【恐るべきチャンの粘り】

 
スコアを見ると、チャンが勝った2試合では、
いずれもレンドルが最初の2セットを先取しているのがわかる。
チャンの勝ちは2セットダウンからの逆転勝ちとなっているのだ。
そして、レンドルが勝った試合はいずれも3セットマッチなのである。

つまり両者の試合は、最初の2セットは必ずレンドルが取り、
3セットマッチだったらそこで試合は終了となるが、5セットマッチの場合は
そこからチャンが粘り、残りの3セットを取ってしまうということになっている。
もちろん、だからと言って全て5セットマッチだったら必ずチャンが逆転したとも言えないのだが、
なかなか面白い記録といえるのではあるまいか。

ここで、チャンの粘りの凄さを数値で表現してみたい。
5セットマッチでの生涯勝率を表にしてみた。

名前勝率
レンドル352162.5%
チャン221559.5%

意外な結果になった。レンドルのほうが数字が上だったのだ。

ついでにチャンと同時代の主要な選手も見てみると

名前勝率
サンプラス331568.8%
ベッカー321568.1%
イバニセビッチ261465.0%
エドバーグ261957.8%
クーリエ191555.9%
アガシ272255.1%

となる。この結果からチャンもそこそこ優秀な結果を残していると言えるが
レンドルとの2例だけでは両者の状態を的確に語ることはできなかったようである。



【深い球vs浅い球】

 
いくらレンドルが対戦成績で上回っているとはいえ、
全仏という大舞台でチャンが勝利を収めたのは事実である。
チャンは奇抜な試合展開でテニス史に残る勝利を収めた。

両者のストロークは対照的だ。

レンドルの武器は深い球である。
これは誰も真似できない必殺技で、対戦相手は決め球が打てずレンドルに試合のペースを握られた。
一方、チャンはストロークを浅く打った。対レンドルに限らず、どの試合でも浅い球を多用した。
教科書的でないこの打ち方は、結果としてハードヒット対策になった。
チャンの活躍した90年代はパワーテニス全盛時代だった。多くの選手はラケットを振り回して強打した。
中途半端に浅い球はもちろん痛打の餌食になるが、チャンは器用に球を散らすことで
レンドルの深い球とは別のやり方で相手にベストショットを打たせなかった。

周囲を驚かす常識破りのプレーにかけては、チャンの右に出るものはいなかった。
レンドルとの全仏では、サービスライン上のリターンや、
意表をついたアンダーサーブなど、できることは何でもやった。
小細工とも言える抵抗手段だが、どんどんレンドルが崩れていくのがわかる試合だった。

チャンが勝利したもう一つの試合であるグランドスラムカップでは、全仏のような奇抜なプレーはなかった。
途中でレンドルの調子が勝手に狂い始めて試合がもつれたのだが、
そこから俄然面白くなり、両者共に集中力の高まった最終セットは息の詰まる熱戦となった。
どちらも良いが、純粋にテニスの試合としてならこちらがベストマッチかもしれない。



【プレースタイル】


90年代では貴重な非パワー型の選手。

時代に反するとさえいえるスタイルだが、それでもランキング2位にまで上り詰めた。
グランドスラムでは最初の全仏でしか優勝できなかったのが残念だ。
準決勝や決勝には何度か進出しており、ここで優勝すれば1位という時もあったのだが
結局勝つことはできなかった。

90年代はとにかくパワーテニスの時代だったが、
実はもう一つ、クレーコートスペシャリストとして戦うという道もあった。
パワーに恵まれない選手でもボールスピードが緩和されるクレーコートを中心に大会に出場し、
多くの勝ちを収めるという方法だ。1996年に1位になったムスターが採用したやり方である。

しかし、チャンはその道を選ばなかった。
ハードコート大会に多く出場し、ビッグサーバーにも果敢に挑んでいった。
クレーコートスペシャリストで行くなら、より強いトップスピンをかけたストロークが必要だったが、
チャンストロークはナチュラルなスピンであり、速いコートでも適応できるスタイルを貫いた。
結果として、クレーコートの勝率も最高とはいかなかったが、
ハードコートやカーペットコートでも健闘することができた。
対ネットプレイヤーとして随所で飛び出したロブの腕前も見事だった。

サーブは上背のハンデもあったし、筋力を使うタイプのものでもなかったので速くはなかった。
特にセカンドサーブ弱点と言われた。
しかし、キャリア中期以降は190km/hの球も打つことができた。

ネットプレーに関しては、ボレーそのものの腕前はそこそこでも、
やはり上背というハンデが大きく、攻撃オプションの一つとして常用するには至らなかった。

弱点の多いチャンだが、この選手には誰にも負けぬ武器があった。

フットワークである。その速さは驚異的だった。
アガシクーリエのようなサーブ以上の強烈なストロークも持たず、
クレーコートに特化することもせず、しかし果敢に戦えたのは只これのおかげだと言えるだろう。

もっとも、ビッグサーブに対抗するにはフットワークよりもリーチである。
そのためサービスエースはそこそこ食らった。
しかし、なんとか届いては返し、前後左右に走ってボールを拾い、
やっとポイントを取るという姿は賞賛に値した。


今後、ここまで心を打つ選手は出ないかもしれない。


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